一般社団法人 九州地域づくり協会
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第11回 都市の近代化を支えた先人たちの技 長崎の水利・土木施設群

鎖国時代、海外貿易の拠点となった長崎。
明治以降、市民生活を支える水利施設をはじめ、
都市の基盤整備が急速に進められていった。
その近代化への足跡が市内随所に残されている 

 

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近代的上水道の黎明

 11-2 明治中期、長崎では人口の増加と伝染病の発生のため、上水道の整備が急務となっていた。そこで、工部大学校助教授だった吉村長策を県技師に招いて設計を依頼。彼は、市街を貫流する中島川上流の本河内に土堰堤を築き、貯水・浄水・配水を行う近代的上水道施設を計画した。これが日本最初の水道ダム・本河内高部(水道)堰堤。明治24年(1891)に高さ18.15m、延長127.27mの堂々たるアースダムが完成。これにより、河川からの取水方式を採用した横浜、函館に次いで、長崎に全国3番目の上水道施設が整備された。長崎自動車道の長崎芒塚ICから長崎市街に向かう県道116号へ。日見隧道を西に抜け、妙相寺交差点から河畔へ下りると、現在は上流に建造されたコンクリートダムと並んだ雄姿が見られる。

 

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共存する平成と明治

 11-4  しかし、長崎では深刻な水不足が続いたため、吉村はさらに2つの堰堤を設計。高部堰堤完成の12年後、本河内低部(水道)堰堤(高さ22.71m、延長115.15m)を下流に建造。これは日本で2番目のコンクリート造の水道ダムであり、流麗な堤体の美しさは、かつて絵はがきにもなったほど。左岸の放水路の水階段をまたぐ放水路橋は、日本初のRC橋であり、枯淡の趣が感じられる。長崎電気軌道の電停「蛍茶屋」から東へ、川沿いの道を進んだ奥にある。さらに翌年、中島川支流の西山川に西山(水道)堰堤(高さ18.15m、延長139.39m)が完成。ここでは平成時代のダムの貯水池内に、明治時代の堰堤が保存されるという珍しい景観に会える。電停「諏訪神社前」から北へ、木場入口交差点から右へ進んだ先にある。

 11-5 また大正15年(1926)の完成当時、水道ダムとして日本最高の堤高41.21mを誇ったのが小ヶ倉(水道)堰堤。御影石貼りの雄大な姿は必見。市街から国道499号を南へ。古河町から左の山手に上り、上戸町の手前を左折した奥にある。
 中島川の河口には、明治22年(1889)に出島を削って川幅を拡げ、切石布積の石護岸を築いた中島川変流部護岸(約200m)と、大正13年(1924)の港湾改良工事で整備された出島のRCケーソン岸壁(約200m)が対面しているのも面白い。その北西、長崎港の湾岸には昭和2年(1927)に完成した元船岸壁がある。長さ673.2mにもおよぶ大規模な切石布積の石護岸も、もちろん現役で活躍している。
 この他、明治中期に整備された水利施設が市街にも残る。古川町周辺には石敷水路のししとき川下水路が現存し、排水機能を維持。思案橋の地下には銅座川暗渠部の敷石水路と切石布積護岸がある。

 

 



復活した江戸期の名橋

 わが国最古の石造アーチ橋である眼鏡橋は、興福寺を開山した唐僧が寛永11年(1634)に架橋したとされる。橋長22m、幅3.65mの2連アーチの形、壁石と漆喰目地の美しさで市民に愛されてきたが、昭和57年(1982)の長崎大水害で半壊。その修復時に江戸期の階段石が両岸で発見され、翌年、明治以前の姿に見事に復元された。
 11-6 出島岸壁の脇に架かる出島橋は、明治23年(1890)の建造。橋長36.7m、径間34.75m。現役の鉄橋では日本最古であり、道路トラス橋でも3番目に古いもの。各部材を米国製の錬鉄ピンで結合したトラス橋であり、近代橋梁技術の記念碑的存在といえる。

 



未来を見据えた隧道

11-7 前記の日見隧道があるのは、江戸時代、長崎街道の難所であった日見峠。かつては坂本龍馬などの志士たちが往来したことだろう。隧道は全長640m、幅7.2m。車社会が到来する以前の大正15年(1926)の開削だが、ほぼ完全な2車線が確保され、当時としては日本最大の規模であったという。
 その昔、長崎では東洋人を除く外国人を「オランダさん」と呼び、明治初期に整備された外国人居留地の石畳の坂を「オランダ坂」と呼んでいた。現在は東山手の活水女子学院寮へ続く坂が最も有名だが、南山手のマリア園の前にも残る。どちらも切石布目敷の石畳。日本最初の舗装道路は今も現役。またマリア園の横、通称「ドンドン坂(表紙写真)」では居留地時代の風情がしのばれる。

 



歴史に遊び、往時を想う

 もちろん、観光名所も豊富。南山手・大浦地区では幕末・明治期の洋館が建ち並ぶグラバー園、日本最古のゴシック様式の教会・大浦天主堂、極彩色の楼閣が見事な孔子廟・中国歴代博物館。思案橋地区では花街・丸山の風情を伝える中の茶屋。寺町地区では国宝や文化財が豊富な崇福寺、日本最古の黄檗宗の寺院・興福寺など。異国情緒に浸り、歴史に遊ぶ旅が楽しめる。

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