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かんもんこくどうとんねる
関門国道トンネル                                    下関市、北九州市
トンネル

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所在地・完成年等 施設の形式・諸元
●所在地:下関市椋野町―北九州市門司区東門司1
●完成年:1939年(昭和14年)着工
       1958年(昭和33年)供用
●設計者:内務省土木局、関門ずい道専門協議会
●施工者:(株)熊谷組、大林組(株)、(株)間組、西松建設(株)、他
●管理者:西日本高速道路(株)
●文化財指定等:
【車道】
●延長3461.4m(海底部780m)
●最深部車道面標高55.86m
●車道幅員7.5m(2車線)
●有効高4.53m
●アスファルトコンクリート舗装

【人道】
●全長780m
●幅員4m
【事業費】80億円

※工事誌:総工事費56億円、概算工事費76億円



遺産の説明(社会的背景・歴史的・文化的価値など)
 関門国道トンネルは、関門海峡で隔てられた本州と九州をつなぐ交通路として、渡船(開始年不詳)、在来鉄道トンネル(1942年開業)についで、3番目(1958年)に道路トンネルとして供用されました。
 鉄道トンネルは、明治44年に研究が開始され、昭和初期頃から橋梁案や道路併設案などの検討がなされましたが、当時の国内外の情勢を反映して「トンネル案」に決定し、昭和11年に着工、17年に開業しました。
 道路での連絡路に関しては、昭和の初期ごろから計画が取り上げられるようになり内務省土木局によって、昭和7年から3ヵ年にわたってトンネル・橋梁の調査が行われましたが、鉄道と同様「トンネル案」に決定し、昭和14年度より10ヵ年計画、総額1700万円で本工事に着手しました。昭和17年5月には海底部頂設導坑が貫通しましたが、この頃より戦争の影響が著しくなり、資材、労務員の確保が至難という状況下で、工事は継続されました。さらに終戦後の混乱期は、インフレの進行も凄まじく、坑内の現状維持が精一杯という状況になっています。昭和25年にはGHQより「維持工事が年間1億円も要するのは、不経済であり、再開の日まで水没すべきだ」という意見がでましたが、工事は継続され、昭和27年の本格的工事再開を経て、昭和33年3月に完成しました。海峡をはさんだ両岸に調査立坑をおろしてから実に21年、総工費51億円余、55名の尊い命を犠牲にした歴史的な開通でした。この犠牲者の慰霊碑は、現在、門司人道口の関門海峡を一望できる小高い所に設置されています。


交通アクセス
下関ICから国道2号、門司港ICから国道3号 

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