一般社団法人 九州地域づくり協会
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なんせいがらみていぼう
(旧)南西搦堤防                               佐賀市川副町
堤防

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所在地・完成年等 施設の形式・諸元
●所在地:佐賀県佐賀市川副町
●完成年:無税地搦:1863年(文久3年)
       南西搦:1903年(明治36年)
●設計者:不明
●施工者:無税地搦:佐賀藩
       南西搦:南川副、西川副の村民
●管理者:不明
●文化財指定等:
●石積堤防(布積)
●延長約700m、高さ約4m



遺産の説明(社会的背景・歴史的・文化的価値など)
 早津江川と八田江に挟まれた川副地区の干拓の歴史は、江戸期初頭の松土居と呼ばれる第一堤塘線から南へ現潮受堤防の第七堤塘線まで進展しており、南西搦堤防は第五堤塘線の西側を構成しています。第一堤塘から第三堤塘までは、小規模な村受干拓で形成されていましたが、第四堤塘は佐賀藩搦方の助成、第五堤塘は藩営で築堤され、干拓面積も大きくなりました。
 南西搦(54ha)の東側は無税地搦とよばれ、東の間(46ha)と西の間(57ha)に区分されています。1863年(文久3年)に築堤は完工しましたが、その後再三の高潮で決壊しています。
 南西搦は、明治33年頃南川副、西川副の村民が協力して干拓に着手、36年に潮止めが完成し、両村の冠字をとって南西搦と名付けたといわれています。潮止めの基礎は、これ以前に佐賀藩によって施工・放任されていたようで、これを利用して築堤したため工事費もかなり低減できたといわれています。
 これらの第五堤塘線は、耕地整理法などによって明治末年に完全に修復され、その後も干拓は大正搦、昭和搦、国造干拓へと沖合いに進展していっています。


交通アクセス
・JR佐賀駅から車で20分
・佐賀空港から車で約10分

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