一般社団法人 九州地域づくり協会
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ちりくていぼう
千栗堤防                            三養基郡みやき町
堤防

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所在地・完成年等 施設の形式・諸元
●所在地:佐賀県三養基郡みやき町
       筑後川右岸
●完成年:1643年(寛永年間)
●設計者:佐賀藩家老 成富兵庫茂安
●施工者:佐賀藩家老 成富兵庫茂安
●管理者:国土交通省筑後川河川事務所
●文化財指定等:県指定史跡
●堤防(二重堤防)
●延長:約12km
●堤防高:約7.2m
●天端:約3.6m
●法勾配:2割
●表小段:約16.2m
●裏小段:約5.4m
●堤敷幅:約54m
●二重堤防間:約180m
(洪水遊水地として機能)



遺産の説明(社会的背景・歴史的・文化的価値など)
 千栗堤防は、寛永年間(1643年)に佐賀藩成富兵庫茂安によって筑後川右岸に築造された二重堤防で、完成まで12年の歳月を費やしたといわれています。
この堤防は高さ4間(約7.2m)、馬踏(天端)2間(約3.6m)、表裏共法勾配2割、川表犬走(小段)9間(約16.2m)、川裏3間(約5.4m)、堤敷幅30間(約54m)で、千栗から坂口まで延長3里(約12km)に及んでいました。堤防の補強のために、川表には竹が、川裏には杉が植付けられ、「杉土居」とも呼ばれていました。堤防は二重になっていて、その間は100間(約180m )もあり、これを洪水時の遊水池とし、水勢を弱めて本堤の安全をはかる当時としては、きわめて巧妙な構造となっていました。
 また、この下流にある安武堤防は、寛永年間(1626~1641年)に久留米藩が三瀦郡安武村地方(現久留米市安武町)に延長1里弱(約4km)の間に築いた堤防で、敷幅30間(約54m)、高さ4間(約7.2m)、馬踏3間(約5.4m)の規模となっています。その後、寛保元年(1741年)に山浦から下流住吉におよぶ延長約13町(約1.4km)が補築されています。千栗・安武両堤とも、鍋島・有馬両藩の水防上、重要な堤防として役割を果たし、築堤以来300年近くに亘り破堤等が起こらず、地域住民を水害から守りました。
 現在は河川改修により約180mを残すのみとなっていますが、県史跡に指定され、千栗土居公園として整備されています。


交通アクセス
・九州自動車道久留米ICから西へ車で約15分
・JR久留米駅から約3km
・徒歩5分で西鉄ストアあり 

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