一般社団法人 九州地域づくり協会
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(はい)みょうけんはし
(廃)妙見橋                                       日出町
橋梁

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所在地・完成年等 施設の形式・諸元
●所在地:大分県日出町大字藤原赤松
        県道・藤原~杵築線(八坂川)
●完成年:1919年(大正8年)
●設計者:不明
●施工者:小林徳一郎
●管理者:大分県
●文化財指定等:
●橋長:46m
●幅員:5.45m(3間)
●6連
●形式:RC桁



遺産の説明(社会的背景・歴史的・文化的価値など)
 大正時代初期、「願成就寺」の住職に『順豊和尚』さんがいました。赤松地区の人々の不便さを見て、どうにかしなければならないと考えていました。明治44年(1911年)には、鉄道が赤松地区を通っているのに「杵築駅」に行く橋もない、文化恩恵を受けるには橋が必要だと思うようになりました。
 順豊和尚は檀家の総代(代表者)に相談を持ちかけて資金を集めることにしました。
 計画は八坂川に幅3間(約5m弱)、長さ45m弱のコンクリート製の橋を造り、これに通じる前後、約1キロメートルの道を同じく幅3間の道路にするという計画でした。資金0からの出発ですから大変な仕事でした。架橋工事6万円、道路開削費1万2000円、合計7万2000円の見積りでした。
 大正6年4月、豊前国小倉市(福岡県)小林徳一郎氏を招き、工事を開始しました。自分達に出来ることがあればと、地区の人々も道路開削の加勢をしたに違いありません。2年7ケ月を経て竣工しました。新しく出来た橋には、順豊和尚の「徳」を後世に残すため、赤松「妙見橋」と名付けられました。完成してからは、大分県が管理してくれるようになり、杵築へつながる道路が造られたそうです。今から約90年前の事です。
(出典:「豊後国の新風土記」という個人のホームページ)


交通アクセス
JR日豊本線杵築駅から車で約5分 

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