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のつはるさんきょ
野津原三渠
大分市
樋門・水路

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所在地・完成年等 施設の形式・諸元
●所在地:大分県大分市野津原
用水路(大分川)
●完成年:1700年(元禄12年)~1724年(享保9年)
●設計者:工藤三助
●施工者:工藤三助、工藤弁助、佐藤夫四郎、
佐藤清兵衛
●管理者:世利川土地改良区
●文化財指定等:
【大龍井手】
●延長約6.7km(1里25丁)
●灌漑面積1.19k平方メートル(120町歩)
【鑰小野井手】
●延長約13.7km(3里18丁)
●灌漑面積3.28k平方メートル(331町歩)
【提子井手】
●延長約km
●灌漑面積k平方メートル
●形式: 石張り水路

遺産の説明(社会的背景・歴史的・文化的価値など)
  野津原三渠の一部は肥後藩の中にあり、府内藩、岡藩、天領に近接し、政治的に緊迫した状況にありました。また、当該地区の水不足は甚だしいもので、稲の収穫も少なく辺境の民は哀れなものでした。
工藤三助は、肥後藩領谷村手永(現挟間町谷周辺)の惣庄屋で、1628年から1724年にかけて、大竜(おおたつ)、鍮小野(わぎおの)、提子(ひさご)の三渠を掘った郷土の大先覚者で堪水(たまりみず)に野津原三渠碑によって称えられています。
工事では、薪炭と水による岩盤の除去等に悪戦苦闘の末、14.963kmにわたって掘り抜かれた水路は、堪水から野津原手永の村々に水を配り、さらに谷村手永まで流れ込み、三百町余歩に潅水することとなりました。これらの水路は、後世の人々の改修によって、今も水量豊かに流れています。
交通アクセス
JR久大本線向之原駅から車で約15分

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