FUKUOKA 13
関門橋
北九州市門司区~山口県下関市、関門自動車道
鉄都の誇りをかけ
九州と本州を繋いだ長大橋
本四連絡橋架橋を念頭においた
技術革新と挑戦
関門橋は、高速自動車国道・関門自動車道の本州と九州を結ぶ渡海橋です。関門海峡の最狭部、早鞆の瀬戸(はやとものせと)を選んで架けられた吊橋で、橋下は10ノットを越える東西の潮流が交差し、通過する船舶が一日約700 隻に及ぶ日本随一の海運の難所でもあります。
関門国道トンネルの交通渋滞解消を目的に計画された関門橋は、5 年の工期と約300 億円の事業費をかけて昭和48 年(1973)に開通。橋長1068m、最大支間長712m は、竣工当時、同じく北九州市の若戸大橋を抜いて東洋一の長大吊橋となりました。将来的な本四連絡橋架橋を念頭に、命綱となる長さ1160mのメインケーブルのプレハブストランド工法、補剛桁の逐次剛結法など、世界にも例をみない工法で施工されました。
航空法による赤白塗装から
景観に配慮したグレーグリーンへ
橋台にかかる張力は約3 万t。直径67cm のケーブルに使われた若戸大橋と同じ直径5ミリの鋼線は、その数1万4,014 本にのぼり、地球4 分の3 周分の長さとなりました。若戸大橋でメインケーブルの基礎を築いていたからこその技術の進化をパーキングエリアにあるケーブル模型が物語っています。また、当時航空法で60m を越える建造物は赤か赤白での塗装とされていましたが、航行する船への配慮により、航空灯の設置を条件に自然景観に馴染むグレーグリーンとなり、土木構造物の色規制が見直されるきっかけともなりました。
なおこの区間は、「高速自動車国道法」に基づく政令により指定された高速自動車国道で、中国自動車道でも、九州自動車道でもなく、法定路線名は「関門自動車道」です。古より源平の壮絶な戦いが行われた壇の浦、宮本武蔵、佐々木小次郎の決闘で知られる巌流島と、海峡ならではの歴史を繋ぐ一本の橋。北九州市門司側のめかりパーキングエリア、山口県下関側の壇ノ浦PA からは関門橋が一望できます。
DATA
所在地/関門自動車道(福岡県、山口県)
完成年/昭和 48 年(1973)
設計者/日本道路公団
施工者/石川島播磨重工業、川崎重工業、日本鋼管、日立造船等、16 社
管理者/西日本高速道路株式会社
<施設の形式・諸元>
鋼 3 径間ヒンジ補剛トラス吊橋
(直接基礎、ニューマチックケーソン基礎)
I型鋼格子床版
橋長/ 1,068m 主塔高/ 133.8m 路面幅/ 26m