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MIYAZAKI 10

矢岳第一トンネル(矢岳方)

宮崎県えびの市昌明寺、JR肥薩線

天険若夷・引重致遠
復旧を待つ希望のトンネル

1000 分の25 勾配と激しい湧水
昼夜兼行の工事の末に

矢岳トンネルは、熊本県の八代と鹿児島県の隼人をつなぐJR九州肥薩線の中で最も長い鉄道トンネルです。
明治39 年(1906)9 月に着手しましたが、トンネル全体が1000 分の25 の勾配で、含水量の多い凝灰岩のため湧水が非常に激しく、建設材料運搬の馬が転倒し、助けるいとまもなく奔流に流されてしまったと伝えられる難工事でした。しかし、昼夜兼行の工事で、トンネルの導坑は明治41 年(1908)に貫通。翌年の11 月21 日の人吉-吉松間開業期日を遅らせることなく完成しました。

完成時の記録写真

日本三大車窓のひとつと称される
肥薩線の矢岳越え

矢岳第一トンネルの熊本側には、当時の逓信大臣、山県伊三郎の「天険若夷(てんけんじゃくい)」の文字が、また、宮崎側には、鉄道院総裁、後藤新平の「引重致遠(いんじゅうちえん)」の扁額が坑口上部に掲げられています。「天下の難所を平地のようにしたお陰で、多くの人間や貨物などの重いものを遠くへ運ぶことができる」という意味で、険しい山を貫き通した歓喜を今に伝えています。
矢岳第一トンネルから矢岳第二トンネルまでの車窓の景色は、北海道・根室本線の狩勝峠越え、長野県・篠ノ井線の姨捨駅車窓と並び、「肥薩線の矢岳越え」として、鉄道ファンの間で語り継がれてる日本三大車窓のひとつ。韓国岳(からくにだけ)やえびの高原を一望でき、晴れた日には桜島まで見渡すことができました。

廃線の危機を越えて

しかし、2020 年(令和2 年)7 月の豪雨災害で、肥薩線の八代から吉松までの線区は、壊滅的な被害を受けます。令和6 年(2024)4 月、熊本県とJR九州は八代-人吉間の鉄道での復旧について基本合意。2033 年度までの復旧をめざすこととなりました。熊本、宮崎、鹿児島の3 県にまたがる人吉-吉松間はこれからの協議が待たれます。
廃線の危機に直面しながらも、復旧へと歩み始めた肥薩線。再びの開通を待ちながら、今日も115 年を越える時を刻んでいます。

トンネル坑口の天険若夷の扁額

DATA

所在地/宮崎県えびの市昌明寺、JR肥薩線

完成年/明治 42 年(1909)

施工者/鹿島建設株式会社(当時は鹿島組)

管理者/ JR 九州

文化財指定等/経済産業省近代化産業遺産

<施設の形式・諸元>

煉瓦トンネル(煉瓦 + 石ポータル)

延長/ 2,096.17m

トンネル全体が 1000 分の 25 の勾配