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OITA 11

川原隧道・石畳道

大分県日田市天ケ瀬女子畑

日田代官塩屋大四郎の命による
日田-玖珠往環改修工事

石柱に残る名は
豆田町の豪商廣瀬久兵衛

天瀬町女子畑(おなごはた)にある川原隧道は、江戸時代末期の嘉永7年(1854)、当時の日田代官塩屋(しおのや)大四郎の命による日田-玖珠往環の改修工事の一部で、つくられたものです。
工事には豆田町の豪商、廣瀬久兵衛が尽力したことが入口の石柱に刻まれています。

隧道への石畳

石の櫓組み天井
江戸時代の土木技術を知る隧道

隧道を掘って経路を短縮し、石を敷いて荷車などが通行しやすく改善するのが目的でした。
大きさは、全長48m。素掘りした壁面に石を積み、上半部は長さ1.6m の大きな石をハの字形に2 個組み合わせた櫓組み天井。珍しい五角形の断面となっています。
隧道の両側には石畳も残ります。今も使われつつ、江戸時代の土木技術がよくわかる貴重な史跡です。

珍しい櫓組の隧道

DATA

所在地/大分県日田市天ケ瀬女子畑

完成年/嘉永7 年(1854)

設計者/考案/塩屋大四郎(日田代官)

施工者/廣瀬久兵衛

管理者/日田市

文化財指定等/大分県指定史跡

<施設の形式・諸元>

【川原随道】

延長/ 48m 幅員/ 2m 高さ/ 3m

形式/石組み天井 石積み側壁

【石畳道】

延長/天ヶ瀬町側は約600m、日田側は約100m

幅員/ 1.5m