OITA 56
下筌ダム・松原ダム
下筌ダム/熊本県阿蘇郡小国町大字黒渕 松原ダム/大分県日田郡大山町大字西大山
筑後川水系を洪水から守る連携
記憶に残るダム見学
28 水害を機に造られた
一体的管理運用のダム
昭和28 年(1953)に九州地方を襲った集中豪雨は、筑後川流域に大洪水を引き起こし、被災者170 万人、死者980 人という大きな被害をもたらしました。
これを契機に筑後川では治水計画が見直され、支流の大山川に下筌ダム(しもうけだむ)と松原ダムが建設されます。工事は両ダムほぼ同時に進められ、上流の下筌ダムが昭和44 年(1969)、下流の松原ダムが翌年の昭和45 年(1970)に貯水を開始しました。2 つのダムは同じ河川のすぐ上流下流に位置し、完成後は一体的な管理運用がされており、全国的にもまれな構成となっています。
公共事業の転換点となった
蜂の巣城紛争の歴史
下筌ダムの建設に際しては、5 つの町と村が立ち退きを命じられ、いわゆる「蜂の巣城紛争」と呼ばれる建設反対運動が13 年あまりに渡って繰り広げられ、全国の注目を集めました。
最終的には土地の強制収用が行われ工事が開始されましたが、その後の公共事業のあり方に大きな影響を及ぼしました。完成した堤体の高さ、約100m のアーチダム。「公共事業は、法にかない、理にかない、情に叶うものであれ」と訴え続けた、蜂の巣城主、室原知幸氏の文字からとられたというダム銘板が高欄に掲げられています。
10月から5月は遊覧船
人気のダム見学
下筌ダムの下流側は、松原ダムの梅林湖に接し、湖に建っているようにも見えます。堤頂部には、阿蘇と日田を結ぶ国道212 号が通り、春は桜に彩られます。
2 つのダム湖に浮かぶ赤い一連のウキは、災害時の風倒木の下流への流出を防ぐ、網場(あば)と呼ばれる流木ネット。日々、治水の役割を担う松原ダムでは、10 月から5 月上旬にかけて遊覧船が運行され、四季折々の風景を楽しみながら、下筌ダムとともに、その果たす役割を見学することができます。
DATA
【下筌ダム】
所在地/熊本県阿蘇郡小国町大字黒渕
完成年/昭和 33 年(1958)着工、昭和 47 年(1972)完成
施工者/西松建設 管理者/国土交通省
【松原ダム】
所在地/大分県日田市大山町大字西大山
完成年/昭和 33 年(1958)着工、昭和 47 年(1972)完成
施工者/大成建設 管理者/国土交通省
<施設の形式・諸元>
【下筌ダム】 アーチ式コンクリートダム
河川名/水系名/津江川/筑後川水系 用途/洪水調節(不特定用水)、河川維持用水(発電)
堤高/ 98.0m 堤長/ 248.2m 堤体積/ 282,000 ㎥ 総貯水量/ 59,300,000 ㎥ 有効貯水量/ 52,300,000 ㎥
【松原ダム】 重力式コンクリートダム
河川名/水系名/筑後川/筑後川水系 用途/洪水調節(不特定用水)、河川維持用水(上水道用水・発電)
堤高/ 83.0m 堤長/ 192.0m 堤体積/ 294,000 ㎥ 総貯水量/ 54,600,000 ㎥ 有効貯水量/ 47,100,000 ㎥