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高千穂三代橋(宮崎県高千穂町)
2 つの穴は県境の証 明治の煉瓦橋脚を持つ道路橋
1300 年代に歌に詠まれた 日本百名橋の一つ
村民 21 名による一大観光振興計画 名所となった 8 連アーチ
河川改修による存続の道 未曽有の洪水を乗り越えた姿
完成当時の姿を受け継ぐ 古刹羅漢寺への参道橋
ルース台風にも耐えた5 連アーチ 気品ある「石橋の貴婦人」
富士見橋崩落を乗り越え完成 2 橋が語る松田新之助の志
名工が40 代で受託した県事業 今も車が通る大正時代のアーチ橋
彫刻された石の重厚感 昭和20 年大規模改修のめがね橋
水系と地形を読み解く 名棟梁松田新之介が架けた橋
苦闘の歴史を秘めた 技術革新期のめがね橋
秀麗な弧を描く 豊後一ノ宮へと渡る太鼓橋
平野部の生命線となった 明治時代の重厚な水路橋
昭和 8 年完成の 鉄筋コンクリート造開腹アーチ橋
鉄管、木橋、そして石拱橋へ 川を跨ぐ若宮井路の水路橋
異なるアーチで川と道路を跨ぐ 若宮井路の水路橋
800 人の市民石工により 移設復元されためがね橋
「山王橋頼母子講」で架けた 120 年現役の3 連アーチ
大正時代に鉄道と道路を繋いだ 片側1 車線の石橋
壊さず併設して拡幅工事 江戸と大正の技が見えるアーチ
△と□と〇の土木構造 川港跡から眺める犬飼三橋
深い谷にかかる虹 径間長が日本一だった灰石のアーチ橋
現存する道路用鋼鈑桁橋として 国内で2 番目に古い橋
明正井路第一拱石橋と同じ石工 水路と歩道のアーチ橋
草木に埋もれる 旧国道502 号の明治の石橋
乙見ダムの湖の底で 200 年の時を刻む幻の石橋
中ノ谷峠越えの沢に架かる ドイツ人設計によるセリモチ式桁橋
「農耕と児童の通学のため」 扁平アーチ伸びやかな橋
石工川野茂太郎 太い橋脚で川を跨ぐ5 連のアーチ
鉄道延伸とともに歩んだ 大正 12 年のままの堂々たる姿
旧森林鉄道トロッコ軌道が走った 国内最大スパン32.1mの石橋
住民総出で造った人道橋 永遠の 1、2 位の石橋の眺め
大分県豊後大野市三重町伏野 一般道(中津無礼川)
彫刻された石の重厚感 昭和 20 年大規模改修のめがね橋
谷を越え道を越えて水を渡す 明正井路 17 基の第 1 号
肥後、延岡への南郷路を阻む 「岩の戸」をあけた石橋
架橋技術の歴史を映す 高千穂峡に架かる3つのアーチ
2 つの構造が調和する橋梁 遊歩道として蘇った廃線遺構
旧高千穂鉄道の 42 連アーチと 支間 45m の大アーチ橋梁
地図にも名前なき 幻の 18 連アーチ廃線遺構
日本初ケーブルエレクション工法採用 その別名は「恐竜橋」
三五郎の技が垣間見える 日向市に唯一残る石橋
県南北を繋いだ九州唯一の スパンドレルブレースト・アーチ橋
熊本と宮崎の県境 地形の克服を物語るトンネルとループ
丸太を運んだ飯野林道 トロッコ軌道跡の強靱な石橋
せりだした橋台 川幅を縮め
高さ23mから渓谷をのぞむ 竹筋コンクリートと石でできた橋
戦前の新興木構造を物語る 木造方杖形式の道路橋
吾平津神社参道の 堀川運河を象徴する石橋
景
道